研究会

漢方処方における「一味の去加」の重要性|吉益東洞の症例に学ぶ

研究会

 

▪️漢方処方において、

一味の去加が明暗を分ける事がよくある。

 

たかが一味、されど一味。

ここに気づいて、感じる事ができるまでに、

どれだけの時間がかかるか。

感性のアンテナのようでもあり、

誰でもが到達できるわけではない。

 

江戸時代にこの一味の去加によって、

世に出た漢方医がいる。

吉益東洞である。

 

『漢方医学書図書集成』53

森立之著 『遊相医話』の巻頭に

吉益東洞と山脇東洋のドラマティックな

出会いが描かれている。

当時の文章は読みにくので、現代風にアレンジして

簡略化して読みやすくした。

 

「吉益周助(後の東洞)は、44歳まで京の裏店を借り、

人形を作る職人をしていた。

漢方医も細々としていたが、

医業では食べていけなかったのである。

あるとき問屋に人形を納めにいった。

何やら騒がしいので、何事か尋ねた?

そうしたら当家の老母が傷寒に罹患して危篤であると。

 

そこで周助は、主人にお願いをして、

診察をさせてもらった。

診察を終えた周助は、主人に主医はどなたか尋ねた。

主人は答えて、山脇東洋先生と。

周助は、それであるならば誤治もないであろと。

一応、服用している処方を見せて欲しいと頼んだ。

周助は言う、石膏を去るべしと。

 

周助帰宅後、山脇東洋が来て診察が終わり、

考え込んでいた。

そこに主人が進みいで、うちに出入りしている

人形職人が申すには、石膏を去るべしと。

山脇東洋、手を打ちて、そこを思案していたと。

そこで、石膏を去ってから老母は日に日に回復した。

主人は喜び山脇東洋に礼を送ったが、固辞した。

周助の功であると。

この一件より、山脇東洋と商家の主人の援助もあり、

周助(吉益東洞)は世に出るのである。

 

このレベルの漢方は痺れる。

 

Lab collageの前回カンファレンスでは、

固着化する症状に対して、

加枳実として症状の軽減を見た。

 

「一味の去加」は単なる加減ではなく、

患者の余命を左右する重大な選択である。

江戸時代の吉益東洞の症例も

現代の我々の臨床も、

その本質は変わらない。

 

Lab collage

漢方研究会 コラージュ

戸田一成

代官山 東京

Lab collage(漢方研究会)

 

 

 

 

 

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