研究会

陥りがちな古典学習の「落とし穴」

研究会

 

▪️漢方を学ぶ上で古典は欠かせませんが、

そのまま臨床に結びつくわけではありません。

今回は陥りがちな2つの「落とし穴」について

解説を試みる。

 

例えば、『傷寒論』・『金匱要略』を読む。

中国伝統医学で言えば、

『脾胃論』(李東垣)や『景岳全書』(張介賓)など….

江戸時代であれば、

『雑病論織』(宗伯)や『蕉窓雑話』(東郭)など…

その他いろいろな古典に当たる。

 

☆一つ目の「落とし穴」

 

古典を読むと、何故か勉強した気になる。

そして、古典を読むと臨床がうまくなった

気分になる。

 

TVなどで、大学教授が蔵書をバックにコメントを

述べる事がよくある。

それは、大学の先生は本を読むことが仕事だからである。

 

しかし、外科医が蔵書をバックにコメントする事は

まず無い。

そもそも、今の外科医は電子版から情報を得ている。

外科医にとっては、知識のひけらかしは、

必要ないのである。

 

漢方薬局では、昭和の時代に大学教授のように

店内に沢山の書籍を並べているところがあった。

懐かしい光景である。

ペダンティックな方々なのであろう。

 

漢方の古典を読んでも、臨床の腕は上がらない。

知識量が増える事と、臨床が上手くなる事とは、

必ずしも一致しない。

ただ、そのような気分になる「落とし穴」がある。

 

☆二つ目の落とし穴

 

冷静に考えてもらいたい

 

だいたいの年代であるが….

『傷寒論』 今から1800年前

『脾胃論』    800年前

『雑病論織』   150年前

 

これらの時代の生活スタイルと

現代の生活の過ごし方が、

途方もなく異なることを。

 

傷寒論の時代、暖房もダウンコートも無い。

食事に関しては、餓えとの戦いであったであろう。

圧倒的な栄養不足である。

 

現代においては、カロリーの過多による、

肥満・糖尿病などの生活習慣病が目立ってくる。

 

その他諸々全てが異なる。

そのような条件の違いがある中で、

ただ古典を読んで、どれほどの意味があるのか。

 

以前、古典を読む勉強会に参加していた事がある。

一切、このような疑問の話が出てこなかった。

とても納得ができず、途中で退会した。

 

そうすると、古典をどのように理解して、

現代に活用するのか?

そこが、とても重要になってくる。

メーカーの講習会を見ても、

このような発想が欠如した講師もいる。

 

古典は、漢方の土台を作るために必要である。

そして、古の古典を現代の病気や症状を

軽減するためのツールとして、

変換して応用できるのか?

ここが勉強会としてのスキルなのである。

 

中国における金元の時代、

日本では江戸時代、

そして、令和の現代。

 

このような年代の違いによる生活習慣を含めて、

古典を活用しなければ、

2つ目の「落とし穴」に落ちる危険がある。

 

 

戸田一成

代官山 東京

 

 

 

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