研究会

歴史を経て名前が残る方剤は名方なのか?

研究会

答えはYESとも言えるし、

NOとも言える。

 

そこで、架空の人物として、

ご年配のFJ先生に登場してもらおう。

 

FJ先生はこのようにお話されました。

「歴史を経て現在も皆さんが知ってる

方剤は、名方と言えます。

もし名方でなければ、途中で途絶えて

しまうでしょう。」

 

Lab collageでは、この話には疑問を

感じます。

単純にそうだ!

とは言い切れないのです。

 

解答の前に少し歴史を振り返って

みてみましょう。

 

☆「註解傷寒論から金元四大家」

 

傷寒論全体を注釈した書として

現存する最古のものが、成無已が

著した『註解傷寒論』である。

内経理論を駆使して『傷寒論』を

解釈する基本的なスタイルを

確立した最初の書物である。

このアイディアは凄いです。

但し、傷寒論の本質的な理解において

内経の考え方を持ち込む事が

良いのか?

そこ、別の話になります。

 

成無已の後に、金元四大家と呼ばれる

方々の活躍が始まります。

彼らはそれぞれ独自の立場で内経理論を

湯液に応用しました。

 

火熱学説を説き、寒涼薬を多く用いて

「寒涼派」と呼ばれた劉完素。

 

汗吐下の瀉法を多く用いて、

「攻下派」と呼ばれた張従正。

 

脾胃の機能を重んじて温補薬を

多く用いて「補土派」と呼ばれた

李東垣。

 

以上の3人の説を集大成し、

陽有余陰不足の説をとなえたて、

滋陰降火薬を多く用いた

「養陰派」と呼ばれた朱丹渓。

 

四大家には数えられないが、

臓腑や薬物に新しい概念を

打ち出した李東垣の師である

張元素。

 

彼らはそれぞれに特色のある

考え方を提示して、多くの新処方を

創製したのである。

 

正しく「連続的」から、

「思考の積み重ね」によって、

「思考のジャンプ」が起こり、

「非連続的」な発想が生まれた

のである。

 

この中で最も皆さんにとって、

最も馴染み深い「非連続的」な発想は、

「火と元気は両立せず」から

昇陽益気の治則のもと創製された

補中益気湯であろう。

 

そう、正しくFJ先生の言う時代を

経ても名方と言われる方剤が

補中益気湯であろう。

他にもたくさんの方剤がある。

例えば、麻黄湯。

悪寒があり、服用後数十分で効果

が現れる。

最も短時間で効果を検証できる

方剤である。

 

ところがである。

現実において名方と言われる方剤で、

現在あまり使われていない方剤もある。

どのようなことなのか?

それはその時代において、新たな発見が

あり、そして「思考のジャンプ」によって、

創製された方剤である。

歴史的にみて、その時代において価値の

あった方剤なのである。

有名であるが、今はあまり使われていない、

そんな方剤もあるのである。

歴史的評価において、名方と言われる方剤

である。

 

例えば、六味丸。

明代の銭乙が著した『小児薬証直訣』

が出典である。

現代の小児が六味丸を用いる病態を

呈することは稀である。

理由としては、明代と現在の

衣食住の違いである。

明代の衣服は簡素なものであった

だろう。現在の子供は冬であれば、

ダウンを着て防寒できる。

食においても大きく異なる、

現在栄養が悪い子供はほぼいない。

住宅においても然りである。

今の子供は十分にたんぱく質が摂取

できている。

陰の保証がある。

故に六味丸を使う機会は減って

いるのである。

 

整理すると、答えは二つある。

「歴史を経ても名方と言われる方剤」

①出典から現在まで効果が検証されて

今も使われて方剤。

②その時代において歴史的評価を

得た方剤。

(但し現在はあまり使われていない)

 

「歴史を経て名前が残る方剤は

名方なのか?」

の問いかけの答えはこのようになる。

 

漢方研究会 コラージュ

lab  collage

漢方コラージュ代官山

戸田一成

 

Kampo lab collage(漢方研究会)

 

 

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